社畜よりも社内ニートのほうが地獄説

社畜よりも社内ニートのほうが地獄説

突然ですが、社畜と社内ニートのどちらかを選べと言われたら、どうしますか?

会社に飼い殺されるか、生き殺されるか。

これって結構、究極の2択ですよね。

あくまで僕の経験では、社畜よりも社内ニートのほうが地獄でした。

 

今回は社畜と社内ニートを両方経験した僕が、社畜よりも社内ニートのほうが地獄だと思う理由を書いていきたいと思います。

それではいきましょう。

 

社畜の場合

社畜(しゃちく)とは、主に日本で、社員として勤めている会社に飼い慣らされ、自分の意思と良心を放棄し、サービス残業や転勤もいとわない奴隷(家畜)と化した賃金労働者の状態を揶揄、あるいは自嘲する言葉である。

Wikipediaより引用

ウィキペディア辛辣すぎるww

 

社畜には、平日は基本的に人権がありません。

飼い主である上司の命令は逆らえず、サービス残業という名の長時間労働を強いられます。

僕が新卒時に入った出版社はサービス残業月100時間超え、休日出勤も当たり前、毎月校了前は会社に泊まり込みで3徹という、地獄みたいな職場でした。

しかも給料は月給制なので、どんなに働いても手取り20万という社畜っぷり。

でも幸い仕事は楽しかったし、1年目はやる気もあったのでバリバリ働いてました。

 

なので僕はまだ恵まれているほうだったんでしょうけど、年末の校了作業中に上司がトイレの前で倒れているのを発見した時、初めて恐怖したのを覚えています。

社畜と自嘲できてるうちはまだ平気でしたが、「このままだと死ぬ」と自覚してからは普通に笑えなくなりましたね。

ここまで書くと社畜ヤベーじゃんってなるかもしれませんが、今思い返すと僕にとっては社内ニートのほうが地獄でした。

 

社内ニートの場合

社内ニート(しゃないニート)とは、労働者であるためニートではないが、仕事がないため社内でほとんど働いていない労働者のことである。従業員としてその企業に在籍しながら、十分な仕事も与えられず、机に座って終日暇をつぶしているものをいう。

Wikipediaより引用

 

社内ニートも社畜と同じく、平日は基本的に人権がありません。

上司や同僚が忙しそうに働いている中、社内ニートは空気に徹しないといけません。

雑用をやり尽くし、メールを何回も見直し、ワードとエクセルを特に意味もなく交互に開いて1日が終わります。

勤務時間中の激しい自己嫌悪に加え、周囲からの視線がどうしても気になってしまい、なかには精神を病んでしまう人もいます。

当時社畜として働いていた僕は、あることをきっかけに仕事へのモチベーションが皆無になり、仕事を減らされた時期がありました。

 

社畜から社内ニートに転落した僕は、最初こそ解放感がありましたが、徐々に会社から居場所がなくなっていきました。

定時を過ぎても上司や同僚が帰らないと、自分も帰ってはいけないという謎の罪悪感も生まれました。

社畜だった頃は身体的なしんどさはありましたが、「仕事がある」という状況が自己肯定感を保っていたんだと思います。

 

しかし社内ニートになってからは会社に行くのが億劫になり、「仕事がない」という状況が自己肯定感を蝕んでいきました。

身体的な苦痛より精神的な苦痛のほうが厄介で、プライベートも全然楽しめなくなります。

また、将来の仕事に繋がる人脈やスキルを構築する機会がないので、未来に希望も持てません。

人間は「役割」に生かされてるんだと、社内ニートの時に身をもって実感しましたw

 

地獄でどう生きるか

今回は社畜VS社内ニートという形で書いてきましたが、どちらも地獄であるのには変わりありません。

しょせんはどんぐりの背比べです。

でも当時の僕にとっては社畜の時よりも社内ニートの時のほうが精神的な負荷が大きく、辛かった記憶があります。

とはいえ、どちらが地獄かは人それぞれなので、社畜のほうが地獄だ!と思う人はコメントお待ちしています。

 

それでは、素敵な社内ライフを。

 

 

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